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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)187号 判決

原告

日本電気株式会社

右訴訟代理人弁理士

芦田担

清水林次郎

長谷川元

被告

赤井電機株式会社

右訴訟代理人弁理士

成島光雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告代理人は、「昭和三五年審判第八四号事件につき特許庁が昭和三六年一〇月三一日にした審判を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

原告代理人は請求の原因として次のように述べた。

一、原告は、実用新案登録第三七一、一四四号「礎気録音又は再生ヘツド」の権利者であるが、昭和二五年二月一七日被告を被請求人として特許庁に対し、被告の製造販売にかかる別紙(二)記載の(イ)号図面およびその説明書に示す磁気録音用録音又は再生ヘツド(以下単に(イ)号録音再生ヘツドという。)が右登録実用新案の権利範囲に属するとの確認審判の請求をした(昭和三五年審判第八四号)。これに対し特許庁は、昭和三五年一〇月三一日請求人の申立は成り立たないとの審決をし、その審決書謄本は同年一一日一一日原告に送達された。

二、右審決の理由の要旨は次のとおりである。

すなわち審決は、

本件登録第三七一、一四四号実用新案の要旨とするところは、その登録請求の範囲の記載によれば、「図面に示す如く録音体1を磁化又は再生すべき鉄心2・3を左右対称に分つと共に前記鉄心2・3の磁路が録音体1を通過せしむべき僅なる間隙を通して閉回路を作る如く配置せしめ且つ鉄心2・3を磁化すべき音声線輪4・5をほぼ等捲回数となし之を活動的に接続してなる磁気録音用録音又は再生ヘツドの構造」とあるが、図面および説明書中作用効果に関する記載を参酌すれば右登録請求の範囲に謂う「左右対称」とは、一般に謂う左右対称ではなく、図面に示すように、二個の同形の鉄心を互に一八〇度回転して相対向せしめて配置した如きものを意味し、「鉄心2・3を二個に分つ」とは、図面に示すように上下にAおよびBの間隙を設けて配置した構造を意味するものと解される。

と判断したうえ、これと(イ)号録音再生ヘツドの構造とを比較し、両者は、録音体を磁化または再生すべき鉄心を二個の同形の鉄心で形成し、これを磁化すべき音声線輪をほぼ等捲回数となし、これを和働的に接続した点において一致するところがあるけれども、後者((イ)号録音再生ヘツド)の鉄心は、それぞれ下方にえぐられた部分を有する「く」型に形成された同形の鉄心(I1)(I2)で、これをいわゆる機械的な左右対称位置に配置し、上方は互に密着して間隙を設けることなく、下方のみに一個のくびれ部分を有する鉄心間隙(ヘツド)を設けたものであるから、前者(本件登録実用新案の録音再生ヘツド)と、その全体の構造において著しく異なるし、またその作用効果としても、後者は前者のように鉄心間隙(ヘツド)を一個設けていないので、一方が磨耗しても他方を交換して使用し得るという前者の有する作用効果は達成せられず、結局両者は、鉄心の具体的構造、配置およびその目的ないし作用効果において顕著に相違するところがあるので、(イ)号録音再生ヘツドは、本件登録実用新案の権利範囲に属しないものである。

と認定しているのである。

三  しかしながら、右審決には、次に述べるように判断を誤つた違法がある。

(一)  本件登録実用新案における考案の要旨は、登録請求の範囲に記載のとおり「録音体1を磁化又は再生すべき鉄心2・3を左右対称に二個に分つと共に、前記鉄心2・3の磁路が録音体を通過せしむべき僅なる間隙を通して閉回路を作る如く配置せしめ、且鉄心2・3を磁化すべき音声線輪4・5をほぼ等捲回数となし之を和働的に接続してなる磁気録音用録音又は再生ヘツドの構造」(別紙(一)の図面参照)であつて、ここにいう「鉄心2・3を左右対称に二個に分つ」とは、その記載のとおり「一個の鉄心を左右対称に二個に分けて配置したものと解すべきであり、(但し、ここにいう左右対称とは機械的な左右対称のみでなく、説明書の図面における鉄心2・3のような一八〇度回転移動の位置関係の場合をも包含する趣旨である。)本件登録実用新案におけるように、登録請求の範囲の記載自体によつて考案の要旨を容易に把握できる場合には、考案要旨の認定にあたつて、説明書中のその他の記載を判断資料として参照する必要はなく、これらの記載によつて考案の要旨を登録請求の範囲の記載と別異に解すべきものではない。そして、登録請求の範囲には、「左右対称に二個に分つ」と記載されているのみが、左右の鉄心の具体的形状については、なんらの限定的記載もないのである

(二)  そして本件登録実用新案における前記考案を構成する心須要件は

1 録音体を磁化または再生すべき鉄心を二個の同形の鉄心で形成すること

2 前記二個の鉄心は、これを左右対称に配置せしめること

3 右鉄心は、その磁気が録音体を通過せしむべき僅かなる間隙を通して閉回路を作る如くこれを配置せしめること

4 右鉄心を磁化すべき音声線輪はこれをほぼ等捲回数となし、これを和働的に接続すること

にあるものと解すべきところ、(イ)号録音再生ヘツドは鉄心の構造、配置および音声線輪の捲回講造において、前記1ないし4の必須要件を悉く具備しているものであり、したがつて本件登録実用新案の権利範囲に属するものといわねばならない。

それゆえ、(イ)号録音再生ヘツドが本件登録実用新案の権利の範囲に属しないとした本件審決は違法であるので、これが取消を求める。

第三、答弁

被告代理人は、第一次に訴却下の判決を、第二に請求棄却の判決を求め、本案前の主張として、

本件登録実用新案は昭和二三年五月一二日出願、昭和二五年三月二九日登録されたものであるから、旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)第一〇条第一項第二六条旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一三条の規定により昭和三五年三月二九日を以て存続期間満了し、ここに右実用新案権は消滅したものである。したがつて、現在においてはもはや右実用新案の権利範囲の確認を求める利益は存在しないものというべきである。蓋し、旧実用新案法における実用新案権利範囲確認審判は、権利の効力範囲を具体的事物との間において確定するという性質のものであるから、現存する権利を前提とすることは明白であり、また、このことは、無効審判の請求については、権利の消滅後もこれをなし得る旨明文を設けている(旧実用新案法第一六条第三項)にもかかわらず、確認審判の請求については同趣旨の規定を欠いていることからも推論し得るところである。したがつて、本訴は訴の利益を欠き、不適法のものとして却下せらるべきである。

と述べ、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の一、二の事実は認めるが、三の見解はこれを争う。

二、本件登録実用新案録音再生ヘツドの構造と(イ)号録音再生ヘツドの構造とは、次のとおり明確な相違点があり、作用効果においても著しい相違がある。すなわち、

(一)  前者の鉄心は、スリツトギヤツプ(鉄心間隙)を構成している。尤も本件登録実用新案の登録請求の範囲には、スリツトを二個設ける旨の明確な記載はない。しかし、説明書中作用効果の末尾に、「更に又鉄心間隙は第2図のA及Bの如く二箇所使用し得る故一方が磨耗するときは他方を交換して使用し得る故寿命は倍加さるるの二重の効果を有す」との記載と第2図を対照すれば、スリツトを二個設ける趣旨と解せられるし、さらには、本件登録実用新案の登録出願査定手続の過程における次のような経過―すなわち、出願当初の登録請求の範囲は「図面に示す如く鉄心及コイルの中心点に関し全く対称なる二個に分ち該コイルを循還磁界に対し和働的なる如く直列に接続して外来誘度妨害音を除去し、且つ両鉄心の間隙を録音(又は再生)間隙として両側間隙使用可能なる磁気録音用ピツクアツプコイルの構造」とされていたところ、英国特許明細書第四六二、八六九号抜萃の記載を引用した拒絶理由通知がなされたので、原告は登録請求の範囲を原告主張のように訂正したが、その際同時に提出した意見書においては、極めて明瞭に、スリツトの両面使用を可能にするため二個に分割した鉄心が閉回路を作る点が特徴である旨を主張をしていることからみても、本件登録実用新案にあつては、たとえ登録請求の範囲に明確な限定的の記載はなくとも、左右二個に分かれた鉄心によつて両端に二個のスリツトが設けられていることが考案要旨の必須要件をなすものと解すべきである。

これに反し、(イ)号録音再生ヘツドは、左右「く」の字型の同形でスリツトが一個しかなく、実質的にはいわゆる環状鉄心であるから、本件登録実用新案の録音再生ヘツドの構成要件を具備しておらず、したがつて右ヘツドのように、一方が磨耗すれば他方を交換して使用するという作用効果を有しない。しかしその反面、次の(二)の構造と相まつて右の録音再生ヘツドに比し遙かに強い磁束が得られるのである。

(二)  (イ)号再生ヘツドにあつては、スリツトギヤツプの内側にえぐり部が設けられている。これは、スリツト一箇所の環状鉄心より成る(イ)号登録再生ヘツドの特徴的な構造であつて、この構造を有しない本件登録実用新案の録音再生ヘツドに比し遙かに強い磁束の発生を促す効果を有するものであり、スリツトギヤツプ部の構造としては全く新規なものである。(イ)号録音再生ヘツドの考案の対象は、磁気録音用の録音再生ヘツドにおいて一般的であるところのスリツトギヤツプ部の構造にあるので本件登録実用新案とは考案の対象を異にするものであつて、前記のように右実用新案におけるスリツト二箇所という要件を具備しないことと相まつてその改良考案に属せず、別個独立の考案にかかるものと解すべきである。

(三)  (イ)号録音再生ヘツドにあつては、中央部を内方に強圧してスリツトギヤツプ部と接着部とを確実に保つため、鉄心を特に「く」の字型とし、それぞれの腕に二個ずつ計四個の捲枠回数の線輪を嵌して直列に接続している。これを左右二個の鉄心に各一個計二個の等捲線輪を有する本件登録実用新案の録音再生ヘドの構造に対比すれば、同一の捲数において捲線の分布容量を減少せしめ、捲線の直流抵抗を少なくすることができ、また使用線量が少ないので、そして、前記のように「く」の字型したことと相まつて、ヘツド全体を堅牢にして比較的小容量に組み立てることができるという特徴を有するものである。

要するに、前記二の(一)で説明したように、本件登録実用新案における考案要旨の必須要件を構成するスリツトを二箇所に設けるという構造は、(イ)号録音再生ヘツドにおいてこれを具えざるものであり、その他二の(二)のように、鉄心の構造音声線輪の設置のし方が両者において異なり、ヘツド全体としてその構造を異にするし、その結果作用効果においても著しく相違するものである以上、(イ)号録音再生ヘツドの構造は本件登録実用新案の権利範囲に属しないものというべきである。

第四、被告の右主張に対し原告代理人は次のように述べた。

一、被告の本案前の主張について

本件登録実用新案が、被告主張の日時に登録されたものであり、存続期間の満了によつて被告主張の日時にその権利が消滅したことは争わない。しかし、それがため当然に本件審決取消の訴の利益がなくなるというわけのものではない。蓋し、確認審判の請求は、民事訴訟としての確認の訴が現在の権利または法律関係の確定を求めるものであるのと異なり、(イ)号図面および説明書によつてあらわされた具体的事物と権利とにつき、或いは権利相互間につき、積極・消極の範囲の確定を求めるものであり、その審決の効果は該権利の登録時にまで遡及し、権利設定の当初より審決において認定された権利範囲を有していたものとみなされるのである。したがつて、権利牴触・侵害等による紛争に関し民事訴訟を提起しようとする場合に、その前提として該権利が如何なる範囲を原初的に有していたかについて特許庁の判断を予め求めておくことの必要性は、該権利の消滅によつて影響を受けるものではないからである。そして被告は、原告の本件審判請求前より、したがつてまた本件登録実用新案権の消滅前より、かねて(イ)号録音再生ヘツドの製造販売の事業を行なつており、(イ)号ヘツドの構造が本件登録実用新案の権利範囲に属するとすれば、原告は被告に対し右権利の侵害による損害賠償等の請求をなし得べき関係にあり、右権利範囲確認審判請求の利益は現在もなお失われておらず、したがつて原告は本訴における訴の利益をなお保有するものというべきである。

二、被告の二の(一)の主張について

本件登録実用新案公報中「実用新案の性質、作用及効果の要領」の項の末尾に、被告主張のとおり「更に又鉄心間隙は第2図のA及Bの如く二個使用し得る故一方が磨耗する時は他方を交換して使用し得る故寿命は倍加さるるの二重の効果を有す。」との記載のあることは認めるが、「二個使用し得る故」とあつて、「二個設けられている故」とは記載されていないことからみても、右は鉄心間隙(スリツト)を二個設けることも可能であり、その場合には一方が磨耗しても他方と交換使用が可能であるという趣旨に外ならず、鉄心間隙を二個設けることを本件登録実用新案の構造上の要部とする趣旨でないことは明らかであり、図面は右間隙が二個設けられた場合を示したものにすぎない。すなわち、前記説明書の記載は、鉄心を左右対称に二個に分け、且つ二個の鉄心の磁路が閉回路を作るように配置した鉄心構造から期待し得る本件登録実用新案の附加的な作用効果を示したものと解すべきである。

次に、本件登録実用新案の出願当初の説明書に記載された登録請求の範囲が被告主張のとおりであつたことは認めるが「両側間隙使用可能なる」との記載は、「外部誘度妨害音を除去し」得る旨の記載とともに、実用新案の作用効果を示すものであるから登録請求の範囲に記載すべきものでないとして、拒絶理由通知の趣旨に従い削除訂正した経過ならびに再度の拒絶理由通知に引用された英国特許第四六二、八六九号明細書抜萃とは、本件実用新案において二個に分割した鉄心が閉回路を作る点で相違するものである旨の意見書を提出し、登録請求の範囲の記載を更に一部訂正したところ、右の相違点が認められて登録査定を受けることになつた経緯等に徴しても、本件登録実用新案における考案の特徴は、二個に分割した鉄心が閉回路を作る点にあるのであつて、鉄心間隙を二箇所使用し得る効果は、右鉄心構造によつて期待し得る附加的効果にすぎないことが明らかである。

なお、(イ)号登録再生ヘツドにおいても、下部の衝接部をスリツトとして使用し、この部分が磨耗したとき上部の衝接部に細隙を切り込み、これをスリツトとして、ヘツドの上下位置を反転して使用することは工作上極めて容易にできることである。

(イ)号録音再生ヘツドにおいては、鉄心間隙は一個であるが、その部分は左右対称にくびれ部を有し、すなわち左右同形であるから、その他の線輪構造等の同一性と相まつて、ヘツド全体としては本件登録実用新案における考案要件を悉く具備するものといわざるを得ない。また、その作用効果についても、右のくびれ部は左右全く対称であるから、左右に等回数捲かれた両線輪に誘起される信号電圧および外部誘度電圧は、それぞれ左右等しく、前者は和働的に加算されて倍加され、後者は差動的に加算されて相殺され妨害電圧を除去し得るという、説明書に記載されている本件登録実用新案の主たる作用効果を完全に果たし得るものである。

三  被告の二の(二)の主張について

スリツトギヤツプの内側にえぐり部を設けることによつて強い磁束を発生し得るとの被告の主張は理論的根拠がなく首肯できないのみならず、本件登録実用新案の考案要旨においては、ギヤツプの構造について何ら限定するところがなく、右考案要旨は登録請求の範囲に記載されたようなヘツド全体の構造にあるのであるから、ギヤツプ部の内側にえぐり部を設けるか否かというようなことは、権利範囲の確定に当たつては何らの影響をも及ぼすものではない。

四、被告の三の主張について

要するに、被告の主張は、本件登録実用新案の考案要旨を曲解し、スリツトを二個設けることをその必須要件に加えたうえ、その要件を具備しないものとし、その他右考案要旨においてなんら限定していないスリツトギヤツプ部の細部構造等ならびにこれらに附随する作用効果について云々しているにすぎないのであつて、(イ)号録音再生ヘツドが本件登録実用新案の考案要旨を構成する必須要件のすべてを具備していることは否定すべくもないである。

第五、原告の前記第五の一の主張に対し被告代理人は次のように述べた。

原告の本件審判請求前より被告が(イ)号の録音再生ヘツドの製造販売を業として行なつていることは争わない。

第六、証拠関係≪省略≫

理由

一、まず、被告の本案前の主張について判断する。

本件登録実用新案が昭和二五年三月二九日登録されたものであることは当事者間に争いがないので、旧実用新案法第一〇条第一項第二六条旧特許法第一三条の規定により昭和三五年三月二九日をもつて存続期間が満了し、右実用新案権は消滅に帰したわけである。しかしながら、旧特許法・実用新案法等における権利範囲確認審判は、当該権利の侵害・牴触についての紛争の存する場合に民事訴訟その他の解決手段の前提問題として、専門技術官庁たる特許庁をして当該権利の技術的内容たる発明考案等の範囲を確定せしめることを目的としてなされることが多く、したがつて、当該権利が消滅しても、その消滅前における当該権利の侵害・牴触に基く紛争が生じており、もしくは生ずるおそれがある場合には、なお権利範囲確認審判を請求し維持する利益は存在するものといわねばならない。特許および実用新案の登録等の無効審判については、特許権・実用新案権等の消滅後でもこれを無効となし得る旨の規定があり(旧特許法第五七条第三項、旧実用新案法第一六条第三項等)、一方権利範囲確認審判の請求につき当該権利の消滅後においてもこれをなし得る旨の規定がないということは、必ずしも前記と反対の結論を導く根拠となるものではない。蓋し、無効審判の請求は特許権・実用新案等を設定する行政行為それ自体を無効とすることを目的とするものであるから、右権利が消滅した後においては、もはや無効審判の請求をなし得ないとの解釈を生ずる余地が多分にあるところから、当該権利の消滅後であつても、当初よりこれを存在しなかつたものとすることについて必要性ないしは利益の存するかぎり、なお右請求をなし得ることを明規したものと解すべく、同様の規定が権利範囲確認審判について存在しないことから必然的に、権利範囲確認審判の場合は当該権利の消滅後は審判請求をなし得ないとの反対解釈を導き出すことは妥当でないからである。そして、本件登録実用新案の権利消滅前における牴触・侵害に基く紛争が原被告間に存することは本件口頭弁論の全趣旨に徴してこれを認めるに十分であるから、原告が本件確認審判の審決の取消訴訟につき訴の利益を有することは明らかであり、これに反する被告の本案前の主張は当該裁判所の採用し得ないところである。

二、よつて進んで、原告の本訴請求の当否について検討する。

(一)  原告主張の一・二の事実については当事者間に争いがない。そして成立に争いのない甲第二号証(本件登録第三七一、一四四号実用新案の公告公報における図面および説明書)の記載によれば、本件登録実用新案の考案の要旨は、その登録請求の範囲に記載されているとおり「録音体1を磁化又は再生すべき鉄心2・3を左右対称に二個に分つと共に、前記鉄心2・3の磁路が録音体1を通過せしむべき僅なる間隙を通して閉回路を作る如く配置せしめ、且鉄心2・3を磁化すべき音声線輪4・5をほぼ等捲回数となし之を和働的に接続してなる磁気録音用録音又は再生ヘツドの構造」(別紙(一)の図面参照)、にあることが認められる。(尤も、甲第二号証の図面と説明書の記載を照らし合わせれば、前記「左右対称」とは、一般にいう左右対称ではなく、右図面に示されているような、二個の同形の鉄心を中心的に関し互に一八〇度回転移動した位置に相対向せしめて配置したものを意味し、または少なくとも右のようなものをも含めていうものであると解せられる。)そして、甲第二号証によれば、本件登録実用新案の説明書には、その作用効果として、右実用新案の録音再生ヘツドは、前記のような構造を有するので、(1)「第二図にて明らかなる如く信号即ち音声電流による磁界は実線の矢印の如くなり、外部よりの誘導磁界は点線の矢印の如くなる故に信号による誘起電圧は両捲線の直列接続により右コイル誘起電圧の和となり外部よりの誘導磁界による誘起電圧は差となる。この場合鉄心及コイルは中心点に対し全く対称なる故両コイルに関する条件は全く同一にして誘起電圧も全く同一なり。其の結果信号電圧は倍加せらるるも外部よりの誘導磁界による雑音電圧は概ね相殺され妨害誘導音を除去し得る。」とともに(2)「更に又鉄心間隙は第二図のA及Bの如く二箇所使用し得る故一方が磨耗する時は他方を交換して使用し得る故寿命は倍加さるる」ことの「二重の効果を有す」る旨の記截の存することが認められる。すなわち、本件登録実用新案は右の(1)信号電圧の倍加。雑音電圧の相殺と(2)鉄心間隙の交換使用によるヘツドの寿命の倍加をはかることを目的としたものということができる。

そこで右認定するところによつて本件登録実用新案の考察要旨を分析すれば、それは別紙(一)の図面に示されているように、

a  録音体1を磁化または再生すべき鉄心2・3を左右対称に二個に分つとともに、前記鉄心2・3の磁路が録音体を通過せしむべき僅かな間隙を通して閉回路を作る如く配置せしめた構成と

b  鉄心2・3を磁化すべき音声線輪4・5をほぼ等捲回数となし、これを和働的に接続した構成と

の二つを必須要件とするものと認めることができるとともに、aの要件における鉄心の2・3を左右対称に二個に分つ云々の構成は、同形の鉄心二個を前記認定のような意味における左右対称に配置し、鉄心間隙を二箇に設け磁気回路を二分割した構成を指称するものと解すのが相当であり、このことは、なお次の理由からも首肯し得るところである。

原告は、鉄心間隙を二箇所に設けることは本件登録実用新案の構成上の要件ではなく、甲第二号証の説明書中「鉄心間隙は第二図のA及Bの如く二箇所使用し得る故」云々の記載は単に鉄心間隙を二箇所に設けることも可能であり、そのようにした場合には一方が磨耗しても他方と交換して使用し得るとの趣旨にすぎないと主張する。しかしながら、甲第二号証の説明書中前記(2)の作用効果に関する記載は、これを図面と対照してみるとき、本件登録実用新案の録音再生ヘツドにおける鉄心間隙は図面表示のA・Bのように二箇所使用し得るように構成されているから、一方の鉄心間隙が磨耗すればそのまま他方をこれと交換して(すなわち、格別の工作を加えることを要せず単に両鉄心間隙の位置を反対にするだけで再び)使用することができるという―(1)の作用・効果とは別個独立の―効果を有するとの趣旨に解する方が、原告主張の読み方よりも遙かに自然であるばかりでなく、成立に争いのない甲第六号証の一ないし一九によれば、本件登録実用新案の出願当初の説明書では、実用新案の性質作用効果の要領の項に「又録音及再生の際使用する鉄心間隙は第二図のA及Bとなり鉄心磨耗による寿命は倍加さるる効果あり」と記載せられ、登録請求の範囲の項に「………且つ両鉄心の間隙を録音(又は再生)間隙として両側間隙使用可能なる磁気録音用ピツクアツプコイルの構造」と記載せられていたものであり(これらの記載によれば、鉄心間隙を二箇所に設けようと思えばそれよりもまた可能であるとの趣旨に解することはなんとしても無理である。)その後審査官より本願の作用効果に関する記載を登録請求の範囲より削除すること等の訂正指令が発せられたため、出願人である原告会社において右指令に従い説明書の訂正および再訂正を行なつた結果甲第二号証記記どおりの説明書となつたものであるが、その間実質的には考察の要旨になんらの変更もないことが認められることから考えても、原告の前記主張は附会の見解というほかはない。(なお、甲第六号証の一三および一七によつて認め得る前記出願の査定段階における拒絶理由通知およびこれに対する意見書提出の経緯は前記の判断に影響を及ぼすものとは到底認められない。)

三、他方(イ)号録音再生ヘツドは、別紙(二)記載の構造を有するものであるから、これまた「磁気録音用録音または再生ヘツドにおいて、環状鉄心の漏洩磁束を発生せしめる鉄心間隙を挾んで、その両側に捲回配置された音声線輪がほぼ等捲回数である点およびその接続が和働的になされている点」において、本件登録実用新案の録音再生ヘツドの構造と一致し、本件登録実用新案の録音再生ヘツドの有する前記(1)の作用効果と同様の作用効果を奏し得るものと認めるべきであり、したがつて本件登録実用新案の必須構成要件中bを具有するものということができる。

そこで次に、(イ)号録音再生ヘツドが本件登録実用新案の必須構成要件中aをも具備するか否かについて考察するに、(イ)号録音再生ヘツドは、別紙(二)の説明書および図面の記載からみて、一方の端部に半円形のくびれ部を有する逆「く」型および「く」型の同形の鉄心I1およびI2を前記くびれ部を有しない端部は密接し、くびれ部を有する端部は間隙Cを作るようにして左右対称に配置したものであると認められるから、右は二個の同形の鉄心を左右対称に配置した構造を有するものということができる。しかしながら、(イ)号録音再生へツドにあつては、右のように鉄心間隙はCの一箇所に存するにすぎず、磁気回路が二分割されているものでないことは明らかであり、したがつてまた、前記Cの鉄心間隙が磨耗した場合、他方の鉄心間隙をそのまま直ちに交換して使用するというわけにいかないことも明らかである。原告は、(イ)号録音再生ヘツドにおいても、Cの鉄心間隙部が磨耗したときは、Cの反対側にある衝接部に細隙を切り込み、これを鉄心間隙(スリツト)として上下位置を反転して使用することが容易にできる旨主張するけれども、問題は一方の鉄心間隙を単に位置を反対にするだけで交換して使用し得るか否かということであるから、(イ)号録音再生ヘツドにおいて原告主張のような工作を施したうえ位置を反対にすることによつて鉄心間隙の交換使用が可能であるとしても、そのことから、(イ)号録音再生ヘツドが本件登録実用新案における(a)の構成要件に伴う効果と同一の効果を奏するものとみるのは相当でなく、原告の前記主張は採用しがたい。してみれば、(イ)号録音再生ヘツドは、本件登録実用新案の必須構成要件中aを具有しないもとというほかはない。

四、以上説示のように、(イ)号録音再生ヘツドは本件登録実用新案の必須構成要件を一部欠いているものである以上、前者は後者の権利範囲に属しないものと認めるべきであり、これと同趣旨の本件審決にはなんら判断を

誤つた違法はないものといわねばならない。それ故、右審決の取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官原増司 裁判官山下朝一 多田貞治)

(イ)号図面説明書

第1図ないし第3図は、それぞれ被請求人会社〔被告会社〕において製作販売された磁気録音用録音または再生ヘツドの上面図、側面図、正面図を示し、第4図は、これに用いる線輪巻枠の斡視図、第5図は前記線輪の捲回方向を示す説明図である。

而して、I1、I2はそれぞれ逆く型、く型に形成され各両端部が接する如く配置された左右対称の鉄心、L1、L2、L3、L4は鉄心I1、I2の一部を捲回する音声線輪で、該線輪L1、L2、L3、L4はそれぞれ中央に前記鉄心を貫通せしめるべき孔を有する線輪巻枠R1、R2、R3、R4(第4図)上に捲回されている。また、前記線輪L1、L2、L3、L4は同一径の絶縁線を使用し、前記各鉄心のそれぞれ両端から挿入されており、その方向は、第5図に示す如く、端子1に始まる線輪L1からこれと接続する線輪L2、L3、L4(端子2)まで同一捲回方向で前記線輪巻枠R1、R2、R3R4上に捲回されている。なお、Cは磁気録音体に接触する両鉄心間の間隙を示す。線輪L1とL2との直列抵抗ならびに線輪L3とL4との直列抵抗は、実測の結果いずれも八〇オームである。

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